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拘禁生活3年目(1月29日の日記)

昼食
味噌餃子(○)、煮豆(○)、ヒジキサラダ(×)、野菜のマリネ(△)、フルーツ

夕食
牛シャブサラダ(△)、漬物(×)、カリフラワー人参ピクルス(×)、ハーフコロッケ(○)、フルーツ

3年前の今日、午後に母と弁護士と3人で裁判所に出廷し(執行猶予取り消し)、その裁判を終えて外に出た所で警察に見に覚えのない罪で逮捕され、母と涙の別れをして留置所からの拘禁生活が始まりました。
この誤認逮捕の取調中に執行猶予が取り消され、2月10日から刑の始まりになり、昨年の5月24日に仮釈放となり、10月9日に刑の満了日を牛久の施設内で迎えました。
入管施設での生活は、もう9ヶ月目になり、本当なら外で仕事をして家族や友人等と一緒に過ごせているはずが、外国人という身分だけでこのような現実が待ち受けていて、悲しい気持ちでいっぱいです。
僕は日系人で、ひいおじいちゃんが日本人です。1899年横浜港から850人の日本人が90日間かけて初めてペルーに船で行ったと聞いています。その中の1人がぼくのひいおじいちゃんであり、その記念がペルーのリマ、ESPOSICION公園にあります。
働き者のひいおじいちゃんはペルーで財産と家族をつくり、祖父から父、僕へとなり、1990年に僕が日本に初めて来て、ほとんど日本で暮らし、26年間生きてきた僕は19年間は日本での生活で性格や外見は日本人と思われる位いつも初対面の方には間違われてます。
定着性があるというより、ここ(日本)が自分にとって故郷と言え、僕は入管法というものに理解に苦しみます。
今後いつ社会に戻れるかわかりませんが、何年入管施設に収容されても帰国出来ない事情があり、帰る意志もありません。
とにかく僕は今後収容生活を精神的に頑張り、リアルを伝えていきます。

今日のアレルギーですがひどくなっていく一方でつらいです。
夜中何回も起こされるから、精神的につらい所もあり、頭も体も休まらない現状でいます。
中毒疹って、しんどいですよ……
(2013年1月29日、火曜日)